平成1年(1989年)生まれ。2人の娘を育てる父親。

東京農業大学醸造科学科を首席総代として卒業後、進学塾SAPIXにて理科講師として勤務。のべ1,000人以上の子どもたちと向き合い、一人ひとりの可能性を引き出す教育の現場に立ち続けてきました。


その後、マーケティング支援の分野で起業。上場企業を含む300社以上の支援に携わるとともに、役員として複数の経営に参画。6期目での新規上場を実現するなど、数値で検証し、改善を重ねる実行力を経営の現場で磨いてきました。

2023年、非世襲・後継指名のない立場から無所属で中央区議会議員選挙に挑戦。
史上最多の新人得票でトップ当選を果たし、現在は区議会議員として活動しています。

教育・経営・政治という3つの現場で、一貫して「課題を見つけ、改善し、結果を出す」ことに向き合ってきました。
その実行力を武器に、中央区から未来を動かしています。

私の仕事は、結果を出すこと。そして次世代に「可能性が残る社会」をつくることです。

3つの現場での経験に裏打ちされています。

政治家として

前例に縛られず、行動で前へ。

2023年、新人史上最多となる3,196票の信託をいただきました。
それは、「いまの政治を変えてほしい」という、多くの区民の思いの表れだと受け止めています。その期待に「言葉より行動」で応えるべく、私は走り続けてきました。平日毎日のSNS動画やライブ配信、政策集としての「Re.JAPAN」の作成、そして日々の街頭活動。

そのすべては、顔の見える政治を実現するための取り組みです。また、従来の枠組みにとらわれず、区政初となる100社超のスタートアップイベントや、議会初の新人議員勉強会をゼロから企画し、現実のものとしてきました。政党に所属し、広報局長や都心責任者を担う経験も重ねてきました。
そのうえで、真に中央区に即した政策を実現するためには、立場や枠組みを超えた連携が不可欠だと判断し、現在は無所属という立場で、区政に向き合っています。

前例がないなら、創ればいい。
その覚悟で、一つひとつの行動を積み重ねています。

経営者として

現実の制約下で、結果を出す実行力

中央区内で会社を経営し、ゼロから事業を育ててきた起業家として、私は常に「どう行動すれば、確かな結果につながるか」を考えてきました。
特に創業期から関わった企業では、社外取締役として経営に参画し、6期目でのIPO(新規上場)を経験。限られたリソースの中で、何に集中すべきかを見極め、成果につなげる判断と実行を重ねてきました。
この経営の視点を、私は行政にも活かしています。前例にとらわれず、事業や予算が本当に区民のためになっているかを問い直し、税金という限られた資源を、より効果的に使うための検証と改善を大切にします。
経営者として培ってきた実務感覚をもとに、
一つひとつの事業を見極めながら、区政を着実に前へ進めていきます。

中央区内で会社を経営し、ゼロから事業を育ててきた起業家として、私は常に「どう行動すれば、確かな結果につながるか」を考えてきました。

特に創業期から関わった企業では、社外取締役として経営に参画し、6期目でのIPO(新規上場)を経験。限られたリソースの中で、何に集中すべきかを見極め、成果につなげる判断と実行を重ねてきました。

この経営の視点を、私は行政にも活かしています。前例にとらわれず、事業や予算が本当に区民のためになっているかを問い直し、税金という限られた資源を、より効果的に使うための検証と改善を大切にします。

経営者として培ってきた実務感覚をもとに、
一つひとつの事業を見極めながら、区政を着実に前へ進めていきます。

教育者として

1,000人の未来と向き合った、責任

私にとって大きな出発点となったのは、進学塾SAPIXの講師として、 1,000人以上の子どもたちの未来と向き合ってきた経験です。 彼らが持つ無限の可能性と、同時に、保護者の皆さまが抱える教育への切実な不安。その両方を、私は現場で見てきました。

そして今、私は二人の娘を育てる父親として、 日々の暮らしの中で、子育てや仕事、住環境をめぐる 現実的な課題と向き合っています。
それらは、私にとって制度や政策の話である以前に、自分自身の生活と切り離せない、当事者としての課題です。

教育の現場で見てきたこと、暮らしの中で感じてきたこと。その積み重ねを大切にしながら、机上の空論ではない、現実に根ざした変化を積み重ねていきます。

私のすべての行動は、この国の未来に

「可能性」を残すため

にあります。

それは結果として、次の世代--娘たちを含むすべての子どもたちが、
前を向いて挑戦できる社会をつくることだと考えています。

誰もが、これまで積み重ねてきた人生を大切にしながら、
明日を少しでも前向きに迎えられる社会を目指して。

私はこれからも、行動を積み重ねていきます。

私のすべての行動は、この国の未来に

にあります。

それは結果として、次の世代--娘たちを含むすべての子どもたちが、
前を向いて挑戦できる社会をつくることだと考えています。

誰もが、これまで積み重ねてきた人生を大切にしながら、
明日を少しでも前向きに迎えられる社会を目指して。

ふてくされていた私を変えた、
親友との約束

私の信念の原点となっている、一つの経験があります。
学生時代、私は受験に必死で努力した末、第一志望には届きませんでした。 望んだ未来を手にできず、プライドだけが高かった私は、目の前の現実を素直に受け入れられずにいました。
そんな私の未熟さを、本気で叱ってくれた親友がいました。 彼の言葉で目を覚まし、私たちは「この場所で、二人で1位と2位を獲ろう」と誓い合いました。
そして、その約束を本当に果たしたのです。 この経験が、私のすべてを支えています。

人は、決して一人では頑張れない。 自分のためだけでは、本当の力は出せない。 けれど、志を同じくする仲間がいれば、不可能だと思える壁も乗り越えられる。

この学びは、今の私の政治姿勢につながっています。

人の可能性は、個人の能力だけで決まるのではなく、誰と出会い、どんな環境に身を置くかによって大きく変わるからです。
だからこそ私は、すべてを自己責任として個人の頑張りに委ねる社会ではなく、何度でも挑戦し、立ち上がり直せる「環境」を、政治の力で整えていくことが重要だと考えています。
率直に申し上げて、プライベートを削ってまで政治家であることに、合理的な理由はありません。 それでも私が政治を志したのは、ひとえに「誰もが可能性を諦めない社会にしたい」という強烈な危機感と情熱があるからです。

「失われた30年」を終わらせ、
次世代に希望を手渡す責任

これまで何度も「改革」という言葉が叫ばれましたが、長年続いた古い慣習やしがらみの中では、抜本的な解決が先送りにされ続けてきました。 過去の延長線上に、もはや私たちの望む未来がないことは明らかです。

私には、忘れられない光景があります。 コロナ禍の混乱のさなか、娘が生まれました。 あどけない寝顔を見つめたとき、私の中に湧き上がったのは、喜びと同時に、押しつぶされそうなほどの「重い責任感」でした。

このままいけば、私たちの子ども世代が背負うのは、巨額の借金と、維持できない社会システム。そして「努力しても報われない」という諦めです。わが子が大人になったとき、胸を張って「この国には希望がある」と語れるだろうか? その問いが、私を突き動かしました。

皆、懸命に働いています。必死に生きています。 だからこそ政治は、その懸命な思いが報われる「道筋」を示さなければなりません。 誰もが未来に夢を描ける社会を取り戻す。 これは、今を生きる私たち大人の、逃れられない責任です。

「誰か」に未来を委ねない。
今、この手で変えていく。

この時代を生きる「当事者」として、私がやるしかない。 そう覚悟を決めました。

私が求めているのは、地位や名誉ではありません。 子どもたちに残したいのも、お金や財産ではないのです。 ただ、愛する娘たち、そして次の時代を生きるすべての子どもたちに、「可能性」という選択肢を残してあげたい。 何度でも挑戦できる社会の土台を、私たちが責任を持って築き上げたい。 その役割こそが、政治の使命だと信じています。

だからこそ私は、現実から目を背けず、課題の本質に切り込み続けます。 表面上の「やったふりの改革」では、もう日本の未来は間に合いません。 古い常識やしがらみを断ち切り、時代に即した形へ社会をアップデートする。 批判を恐れず、結果を出すことだけにこだわり続けます。

未来を切り拓くのは、評論家ではなく「実行者」です。
あなたと共に、新しい時代へ踏み出すために。 私は覚悟を持って、その先頭に立ち続けます。

未来を切り拓くのは、評論家ではなく「実行者」です。
あなたと共に、新しい時代へ踏み出すために。 私は覚悟を持って、その先頭に立ち続けます。

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